(序)信仰の目を持って神の助けの御手を見ているか
* 人間は、苦しみのどん底に落ちた時、その状態をどのように受けとめるか、そこに、その人の信仰がはっきりと映し出されます。この詩人は、苦しみのどん底にあるこの私を、主よ、顧みてあわれんで下さいと、主に向かって呻き苦しんだのです。
* そして、呻き叫ぶ中で、自分の信仰の素であった摂理信仰に思いを引き戻すことによって、霊が取り戻されたのです。それでも現状は変わりません。先の見えない状態にあって、詩人は、肉体的、精神的に耐え難い苦痛の上にも、助けの手を伸べて下さるように飢え渇いて主に訴えたのです。
* それまで、主の助けが見えなかったのですが、これは、神の働きかけによるものではないかという、神の助けを感じる一端を信仰の目で見ることができたのです。それは、神が見放されていないという大きな喜びとなったのです。
* それ故、前回最後の21節の所で、「あなたはわたしに応えて下さった」と告白したのです。その内容の詳細は分からないのですが、あまりにも厳しい苦難に呻き叫んだ時、この私の思いをあわれに思い、神はこの私が摂理信仰に立っているがゆえに、肉体的、精神的苦痛を和らげて下さった何らかの具体的な働きかけがあったのでしょう。
* 詩人にとって、苦しみがすべて解決したわけではなく、問題や妨げがすべて取り除かれたわけではなかったが、どうにもならないぐらい絡み付いていた糸の糸口を見付けたかのように、神の助けの手を見ることができたのです。
* もちろんそれは、まだ糸口に過ぎず、解決には程遠くても、そこに神が、助けの手を伸べて下さっているということを確認することが出来たので、一の助けを見て、十の助けがあることを確信したのです。
* それは、神による助けの手を確認したと言っても、それが、神による助けであることを目で確認できたわけではありません。これが神の助けだと、信仰によって受けとめただけです。
* 信仰によって受けとめるとは、肉の目で確認できるような、神による明確な奇蹟的救出を見ることができて、判断するというようなことではなく、あわれみ深く、力ある神が、ご自身を信頼する者のために、必ず助けの手を伸べて下さるとの信仰の目を持って、周りの状況を見極め、そこに神の御手を見ることです。
* 完全な解決、自分が望んでいるようなもっと良い解決を、肉の目で確認できるようにしてくれなければ、神様が助けて下さったと思おうとしない肉の思いが強い人間は、信仰の目によって、わずかな助けの一端を見て、神の助けの御手を見ることはできないでしょう。
* 詩人は、人間の目から見れば、そんなに状況は変わっておらず、よくなったとは思われないし、救い出されたとは思えない状況にあっにもかかわらず、間違いなく神が働いて下さっており、信仰によって乗り越えることが出来るように、神は、御手を伸べて下さっていると信じたのです。これが彼の思いを180度変えたのです。
(1)神の助けは信仰を育てつつ導かれるもの
* 詩人の思いの中に、大きな変化が起きました。これまでは、あまりにもつらい現状に目を奪われ、主の助けがないのではないかとの思いに呻き叫ぶしかなかった詩人でありましたが、摂理信仰が彼の内に回復し、霊が支えられる中で、その糸口だけではありましたが、信仰によって神の助けがあることを確認できたことによって、主に感謝し、主をたたえる思いが心に溢れてきたのです。
* この詩が、一気に書き上げられたものか、それとも呻き叫んでいる時から時が流れ、神の助けを確認する時までの間に、また更に、集会での証しをする時までの間に、時間的隔たりがあったのか、判断することが出来ませんが、推測が赦されるなら、呻き、訴え、助けを確認し、主をたたえるようになったすべての体験を経た後、ある程度の時を経た後、それを歌としてその体験全体を一気に書き表したものだと考えられます。
* すなわちこの歌は、詩人が信仰体験をし、喜びに満たされるように導かれたことの証しだと思えますから、歌の初めと終わりの間にどれほどの時が流れていたのかは分かりませんが、その戦いに勝利できた喜びが歌われていると考えられます。
* ある学者たちは、前半1〜21節と後半22〜31節は、あまりにも内容が異なっており、これは元々別の詩篇であったものを編集者が、一つの詩に合体させたのだと見ています。
* このような学者たちは、嘆願する者たちが、感謝と賛美に導かれ、主をたたえるようになるという信仰の前進を見ることができるという現実が信じられず、呻く者は最後まで呻き続け、主を賛美する者は最初から賛美しているように分類したいだけの、単なる学者にすぎないと言えるでしょう。あまりにも単細胞過ぎる捉え方だと言えます。
* 神は、偉大なる御力を持って信仰者を根底から造り変え、養い育てるお方だと信じることが出来ないのです。この詩人が通された苦難は厳しいものでありましたが、それ故にこそ真剣に訴え、主の働きかけと助けとを飢え渇いて求める者とされ、その時には、まだ神による初期的な助けしか見えなかったのに、信仰によってそれを受けとめることができたので、呻きしか出なかった口から、やがて主に感謝し、喜ぶ声が出るようにされたのです。
* もし詩人が、信仰を鋭くさせていなかったならば、神が助けの手を伸べて下さったその兆しを見ることはできなかったでしょう。人は、すぐにでもすべての点で問題が解決し、苦痛が完全に取り払われ、なんの不安も恐れもなくなる状態を求めようとする贅沢な心があるので、わずかの兆しでしかないならば、それを、神の助けとは受けとめられずに見逃してしまい。育てつつ導こうとされる神の働きかけを見ることができないのです。
* しかし、神の助けは、信仰を育てつつ導かれるものですから、わずかの兆しの中に神の助けを見出すことが出来たならば、完全な助けを与えることのできる力ある神の助けを見たことになり、もはや、恐れも不安もすべて取り除かれ、主に感謝し、主を喜ぶ思いに溢れさせて頂けるのです。
* しかし、詩人の内側に溢れた主を賛美する思いは、現状に問題がなくなったのでも、苦痛が完全に消え去ったわけでもないのに、すでに主の助けの御手の中に置いて頂いていると信じることが出来て、平安に満たされたのです。
* 信仰の勝利とは、肉の目で完全な勝利を得る状態になっていなくても、問題や苦痛が消え去ったわけではなくても、神の助けの糸口が見えさえすれば、それは信仰者にとって、完全な勝利に結びついていると信じることができるのです。完全な問題解決を見ない限り安心しようとしない肉の心に惑わされることなく、主の助けをどこまでも信じて歩むことができるのです。
(2)証しを通して信仰体験を共有する
* 詩人は、自分が受けたこの恵みの信仰体験を、自分一人だけのものだとは思ってはいませんでした。神殿での礼拝を重んじて集まる、共に集う者たちとの深い結びつきを大事にしていた者でした。一緒に礼拝するというその行為の中に、神が集め、神を中心として結び合うようにしておられる神の御心を受けとめていたのです。
* それ故、今回の詩人の受けた信仰体験、信仰の勝利を、自分一人の胸の中にだけとどめておくのではなく、「御名を兄弟たちに告げ」と言って、神の偉大さと、その助けの働きかけについて証しをしたことを述べ、更に「会衆の中であなたをほめたたえる」と言って、主がどんなにあわれみ深いお方であるか告白して主をあがめ、主にある喜びをみんなで共有したいと願ったのです。
* なぜ彼は、共有することが大事だと考えたのでしょうか。自分が体験できたことを誇ろうと思って、証ししたわけではありません。信仰者が行う証しの中で怖いのは、証しを、自分だから出来た特殊体験として、自慢話のように話す人があることです。神は私の信仰をよしとして下さって、神はこの私のためのこのような驚くべきことをして下さった」と信仰体験を誇るのです。これは証しではありません。
* 証しとは、共有するためのものです。私が受けた恵みの信仰体験は、私の喜びであるだけではなく、同じ信仰に立つ同胞の喜びにもなると信じて証しをするのです。神は、この私を愛して導いて下さったのと同じように、他の兄弟をも愛し、導き、助けられると確信し、喜びに溢れて証しするのです。すなわち、信仰とは、個人的なものでありつつ、同信の者と共有できるという驚くべき力あるものだからです。
* それだけではなく、私が受けた恵みの信仰体験は、他の兄弟たちにとって、全く同じ状況、環境、立場にあるわけではありませんが、同じ信仰に立っている者として、その証しを信仰的に応用し、一人の信仰の体験が、形は異なっても、根底の所では同じ信仰体験として連なっていくのです。その意味でも共有できるのです。
* 言うならば、一人の恵みの信仰体験が10人のものになったり、100人のものになったりするのです。自分だけの信仰体験ではなく、共有体験をするように導かれていると受けとめることによってその証しは生かされるのです。
* この詩人は、厳しい苦難を受ける中で、霊的に解決を得、肉体的、精神的にも、その兆しだけしか見えませんでしたが、神の助けを確信することによって、喜び躍る信仰体験が出来たのです。この体験が出来たのは、自分だけが特別であったなどとは思いもしませんでした。他の兄弟たちにとっても、この証しを通して信仰体験を共有してもらえると思って証ししたのです。
* 共有体験が大事だと考えていたので、彼は、兄弟たちに証をし、私の信仰体験を聞いて、あなたがたも自分の信仰体験として受けとめ、主を賛美し、主をあがめてほしい、もしこの共有体験が出来ないならば、一人一人は自分の少ない体験の中で、狭い信仰理解しか持つことができないことになると考えていたのです。もちろん、この詩人も、兄弟たちの証しを通して、共有体験をしようとしていたのです。
* 言わば、神の助けを信仰体験した一人の証しを通して、他の兄弟たちは間接的体験をし、共に主に感謝し、主をほめたたえるように、神が導いて下さっていると言う、証しを通して結び合わされている群としての信仰がここに示され、そこに神の深いお心があると受けとめたのです。
(3)誓願を立て、感謝の供え物をささげた詩人
* その時に証しした内容が、24節に記されていますが、「主が苦しむ者の苦しみを軽んじ、いとわれず、またこれにみ顔を隠すことなく、その叫ぶ時に聞かれた」と言いました。
* 詩人が体験したことは、苦しみ呻いて主に向かって叫ぶ私の声を、主が聞いて下さっていないのではないかと思う時もあって、戦いを覚えたが、そんなことはない、このお方は、主を畏れる者の苦しみ悩むのを嫌ったり、うとましく思ったりされるお方ではない、その叫びに耳を傾けて下さっていたと告白しているのです。
* 詩人は、苦悩の中にあっても、主を畏れる思いを失ってはいなかったが故に、主はあわれみ、その声に耳を傾け、神の助けの一部を手付金のように見せて下さり、そのことから、神の助け全体のすごさを思わせて下さり、応えて下さったと確信出来たことを証ししているのです。
* 「み顔を隠すことなく聞いて下さった」と言ったのは、詩篇に多く使われている表現で、み顔を隠すとは、呻き叫ぶ者を嫌って、目をそむけ、遠く離れて全く無関心になられている神の様子を表現していますが、私が主を畏れてさえいれば、主はみ顔を隠されない。主は私から目を背けられることなど決してない。最も良い時を考え、育てつつ導こうとして、今の状態、信仰にふさわしい応え方をして下さっている。そう確信するように導かれたのを、ここで証ししているのです。
* 苦難から完全に解放され、問題がすべて解消し、肉体的にも精神的にも完全に回復した、というわけではありませんでしたが、神の助けの一部を受けとめることが出来たことによって、詩人は大集会の中で主を賛美したのです。
* そして、その主への賛美は、自分の心がひねり出して作ったものではなく、「わたしの賛美はあなたから出た」と言うことにより、賛美は、神が人間の心に働きかけ、語り出すように導かれるものだと言っていることが分かります。
* このようなことを、詩人はなぜ語っているのでしょうか。それは、主をたたえる私の言葉は、主を賛美する思いがないのに、やせ我慢して信仰者らしく見せようとして、たたえているのではなく、助けの一部であっても、確かな神の助けを目撃し、味わった者として、私の内に、神が霊の思いを起こして下さったから、このように主をたたえていますと、主への賛美が神によって起こされた真実なものだと言い、自分の証しに偽りがないことを示そうとしたのでしょう。
* そして詩人は、このことで誓願を立てていたことが25節で語られています。その誓願とは、詩篇56:12などから考えて見ますと、主がこの私を助けて下さったならば、主に感謝の供え物をささげますと誓願を立てていたことが分かります。この供え物のある部分は主にささげられ、その一部は祭司に、残りは参会者に振舞われたのです。
* 主を畏れる兄弟たちの中には、貧しい人たちもいて、その人たちは、十分に食べることが出来たと26節で言われています。その食事にあずかることによって、詩人が誓願を立て、主に応えて頂いたことの感謝の思いを共有したことを意味し、主をたたえたのです。
* そのことを「主を尋ね求める者は主をほめたたえる」、と言って、主に対する感謝の思いを共有すると歌っています。そればかりか、そのことによって共有信仰に立ったすべての人は、永遠に生き生きとした信仰に立ち続けるでしょうと結ぶのです。
(結び)見ないで信じる信仰の難しさ
* この詩人の信仰体験は、すべて問題が解決して、スカッとした気持ちで、主の助けを喜び、感謝に満ちて、主をたたえているのではありません。現実には、ほとんど解決していなかったのです。しかし、そのような中にあって、一条の光とも言える、神の助けを見逃さなかったのです。
* 信仰の目を持って、これは、主が私の苦悩に目をとめて下さり、あわれんで下さって、私の歩みに助けの御手を伸ばして下さったのを見たのです。主を畏れ、主の働きかけを飢え渇き、真剣に訴える信仰に立っていたからこそ見えた主の働きかけであったのです。
* また主も、信仰の目を持って見なければ見えないような助けの御手を伸ばし始めて下さり、その飢え渇きの信仰に応じて、その信仰を育てながら、呻き叫ぶ声に応えようとして下さるのです。
* 人間的に考えれば、もっと分かりやすい形で、しかも完全な解決得る働きかけを与えて、助けて下されば信じやすいのにと思うのです。しかしなぜか神はそのような方法を取られないのです。
* どうして私をお見捨てになったのですかと思わされるほど、どん底にまで落ちるままに放置されているのではないか、しかも助けて下さるにしても、真剣に主の助けを飢え渇いて求め続けても、信仰の目で見ない限り分からないような小さな働きかけしか示して下さらないのはなぜか。主の助けを見るということは簡単ではないようにされています。
* 神は、どうして信仰者に、ここまで厳しい道を通させ、簡単に神の助けを、目に見える奇蹟的働きかけとして見せて下さり、楽に信じて向かえるようにして下さらないのでしょうか。
* 出エジプトの民のことを思うと、彼らは、信じやすいように、手取り足取りしてもらい、驚くべき奇蹟を見せてもらいながら、神の助けを目に見えるように導かれたのですが、彼らは奇蹟的助けを見ている時だけは主をたたえ、信仰をもって歩んでいたが、それが見えなくなると、不満を言い、文句を言い出す始末です。
* 彼らにとって、目に見える神の助けが何の意味も成していないのです。神の助けが見えたら人間は信仰を持つことができるというのではありません。それは信仰ではありません。神を信じているのではなく、自分にとってよいと思えることを受け取っているだけです。それが証拠に、自分にとってよいと思えなくなると神を信じることができないのです。
* どうしてここまで簡単に心変わりをするのかと思うのですが、心変わりをしているのではなく、奇蹟を見て神を信じていると思っているだけで、神を信じているのではなく、よいことを求めているだけで信仰になっていないのです。
* 神の助けの御手を見るとは、助けを与えて下さる神を信じることなのです。助ける力を持っておられ、主を畏れる者を助けようとされる御心は変わらないので、目に見える形で神の助けが見えなくても、助けを与えて下さる真実な神を信じ続けることができるのです。
* 詩人は、あまりにも苦難が激しかったから、少しでも見える形で神の助けが与えられることを望みました。主はあわれみ深いお方ですから、それに応えて下さり、一条の光だけではありましたが、助けを見せてもらい、それによって助けを与えて下さる神を信じる信仰に立つことができたのです。
* 見ないで信じる信仰は、確かに難しいものです。それ故、主はあわれみによって助けの一部を見せて下さる時があります。信仰の目を持っていさえすれば、私たちは助けの御手を見ることができます。けれども最終的に求められているのは、見ないで信じる信仰であり、神は、その信仰に導こうとしておられることを心に留めておく必要があるでしょう。